警固神社

いましまもり、強運へ導く神、警固けご神社

むかしむかし、
国生みの神であるイザナギノミコトは、
妻イザナミノミコトのいる黄泉の国から逃げのび、
黄泉のけがれを祓うため、禊ぎを行いました。
この時に、警固三神がお生まれになりました。

災いを司り、私たちから厄を除ける神
八十禍津日神やそまがつひのかみ」。
私たちに強運を授け、導いてくださる神
神直日神かんなおびのかみ」「大直日神おおなおびのかみ」。
三神は「厄除強運」を
この福岡の地で司っておられます。

悩みや迷い、立ち止まってしまったとき、
大切な人の無事を願うとき、
いろいろな厄がふりかかってきたとき、
三神は私たちの背中を
力強く後押しして下さります。

あなたや大切な人たちを、
いましまもり、強運へ導く神、警固けご神社です。

御祭神

御祭神

警固三神〈けごさんしん〉

厄を祓い強運へ導く、厄除強運の神様

当社では、厄を祓う「八十禍津日神」と、
更なる強運へ導く「神直日神・大直日神」を合わせ、
全国でも希少な「厄除強運」の警固三神としてお祀りしています。

八十禍津日神〈やそまがつひのかみ〉

災厄を祓い、浄化の働きを司る神様

伊邪那岐命いざなぎのみことが黄泉の国から戻り、みそぎを行われた際に、最初に現れた神様です。
お名前にある「まが」とは、完全な悪を意味するものではなく、
本来まっすぐであるべきものが、途中で曲がってしまった状態を指します。
八十禍津日神は、私たちの心身にあるこの「歪み」や「滞り」を明らかにし、祓い清めることで、
運気が好転するための土台を作ってくださいます。

神直日神〈かんなおびのかみ〉
大直日神〈おおなおびのかみ〉

活力を与え、更なる強運へと導く神様

八十禍津日神によって穢れが祓われた直後に現れた二柱の神様です。
なお」の名の通り、曲がってしまったものを真っ直ぐに正し、清らかな状態へと戻す働きを担います。
単に元に戻すだけでなく、本来の生命力を蘇らせ、より良い運勢へと導く「強運の神様」として尊ばれています。

相殿神

  • 建角身命〈たけつぬみのみこと〉
  • 功徳皇后〈じんぐうこうごう〉
  • 豊玉姫命〈とよたまひめのみこと〉
  • 応神天皇〈おうじんてんのう〉
ご祈祷

厄除強運のご祈祷

厄を祓う神様である八十禍津日神やそまがつひのかみと、
新しい活力を授け強運へ導く神様である神直日神かんなおびのかみ大直日神おおなおびのかみが、
共に「警固三神」として祀られている、警固神社ならではのご祈祷です。
全国でも希少な「厄除強運」というご守護を賜ります。

由緒

由緒

商都福岡の中心、天神。
公園と連なる緑の中に掛齢300年余りの大楠に守られ鎮座400年余の佇まいがあります。
仲哀天皇9年(西暦200年)に福崎(現在の福岡城本丸跡周辺)に警固大神が化現され、神功皇后が三韓
親征の際には、警固大神が船団を守護し勝利へ導かれ、その報恩に福崎山(現在の福岡城本丸跡周辺)に警固大神を祀られました。
慶長6年(西暦1601年)に福岡藩初代藩主黒田長政公が福崎山に福岡城を築城するため、
当社を一度下警固村山上の小烏神社に合祀し、社殿完成の同13年(西暦1608年)7月7日現在地に鎮座となりました。
以降、社殿造営や鳥居の寄進など黒田家から厚い崇敬を頂いております。
社名及び周辺の地名である「警固」は、かつて鴻臚館近くに置かれた大宰府政庁の防衛施設「警固所」に由来し、
外からの汚れや災難から、大切なものを固く守る意味が込められています。

社紋

社紋

警固神社の社紋は、神様の御由緒から
「警(いまし)め固(まも)り、強運へ導く神」を表し、「固」という漢字に由来しています。
中心の●は「あなた」、「家族」、「恋人」、「友人」を表し、
大切なものを四角で守ることを示した社紋です。

社紋

厄除強運紋

穢れや災厄から守ることを意味する四角い形状の「厄除強運紋」は、
私たちから厄を除け、強運を授ける祈祷紋です。
警固三神のご神徳をいただけるよう願いが込められています。

厄除強運紋